8月末で、退職しました。自分に時間を与えるため、そして、自分が本当にやりたいことは何なのかを内側に聞くために、まず「やりたくないこと」を減らす。その行動の一つが、退職でした。
同時期に辞めた人を見て
同じ頃に辞めた方がいます。辞めた当時は精神的にかなり参っていて、私も心配していました。その方が、今は元気に、自分のやっていることをInstagramで発信しています。いろんな人から反応をもらい、気づきをシェアしながら、どんどん進んでいる。それを見て、自分の中に焦りがあることに気づきました。
「すごいな」と思う気持ちはあります。けれど、素直に「良かった」と言い切れない自分もいました。悔しさのようなものが混ざっていて、「自分は」と思ってしまうのです。
私は、前と同じ働き方には戻らないと決めています。ただ、収入の安定への不安は、まだ抱えたままです。お金が必要になることもあります。子どもの保育の都合もあります。仕事をしながら、自分の事業も大きくしていかなければなりません。それなのに、一気に進んでいる実感はなく、自分の声もまだはっきり聞き取れていない気がします。そんな中で、うまく進んでいる人を見て、つい比べてしまいました。
ピアノの時との違い
自分にも、自分にしかできない何かがあるという感覚はあります。ただ、それが何なのかは、まだ確信が持てません。行動はしているのですが、あの時の感覚とは違うのです。
あの時というのは、ピアノのことです。ピアノを始めた時は、ただ純粋に「弾いてみたい」と思いました。上手く弾けるかどうかは関係なく、弾くこと自体が楽しくて、心がふっとゆるんでいきました。そして、やりたいと思ったことが、不思議なほどスムーズに進んでいきました。教えてくれる先生が見つかり、ピアノをくれる人も現れ、気づけばストリートピアノで弾くことになっていました。「好き」から「次はこれをやってみたい」への展開が早く、願ったことが巡ってくるような感覚がありました。(詳しくはこちら:巡り合わせの記録 ピアノ編https://aenote116.com/meguri-piano/)
今の行動には、その感覚があまりありません。ということは、違うのかもしれません。それなら、一つずつ検証していくしかないのでしょう。
気づいたこと
そう話しているうちに、ふと気づきました。私は、大きな結果を出さなければいけないと思っていたのかもしれません。でも、もともとは、自分のやりたいことをやる、自分が楽しいと思えることをやる、というところから始めたはずでした。成果が出ているか。周りの反応があるか。動画を配信したなら、見てくれているか。そういうことではないのです。大事なのは、自分が楽しめているか、自分がもっとやりたいと思うかどうかです。
焦りが消えたわけではありません。それでも、誰かと比べて焦っている自分に気づけたことで、進む方向が少し見えてきました。



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