「それ、本当にあなたの気持ちですか?」思い込みをほどいて見えてきた、私の作りたい場所

自分と向き合う

ある日、職場でシェアされた文章を読んだ。

それは、面談で契約に至らなかったことへの振り返りだった。
読みながら「なるほど」と思う部分もあった。でも同時に、何かがひっかかっていた。

職場の振り返り文章に感じた「小さなひっかかり」

ある日、職場でシェアされた文章を読みました。それは、学習相談で契約に至らなかったことへの振り返りでした。読みながら「なるほど」と思う部分もありましたが、同時に何かがひっかかっていました。

文章の中に、こんな一節があったのです。

「契約に至らなかった理由は一つしかなくて、自分のプレゼンがしょぼいから、の一択」

読んだ瞬間、なんとなく苦しくなりました。

もちろん言いたいことは分かります。他者のせいにするのではなく、自分にできることを突き詰めようという姿勢は大切です。でも、「自分のプレゼンがしょぼいから」という結論に全てを収めてしまうことで、何かが見えなくなってしまっている気がしました。

人の気持ちはコントロールできない

そもそも、人の気持ちをコントロールしようとすること自体、本当に正しい前提なのでしょうか。

どれだけ素晴らしいプレゼンをしても、その人がその時「行きたくない」と感じているなら、それはその人の気持ちであって、誰かのプレゼンの失敗ではないはずです。「モチベートできなかった自分」を責めることで、本当は相手の気持ちを尊重することから遠ざかってしまっているのではないか、そう感じました。

ミルフィーユの一番下の層(前提)にあるもの

もう一つ、引っかかったことがありました。

文章の中で、「36歳にもなって仕事がない」という焦りがヒドゥンニーズ(隠れた本音)だったという自己開示がありました。正直に書いてくれている勇気は、素直に素敵だと思いました。

でも、読み進めながら気づいたことがあります。

「36歳にもなって仕事がない」という焦りの下には、「定職を持つことが正解」「この社会でちゃんと生き残らなければならない」という前提があります。そしてその前提自体は、文章の中で一度も問い直されていません。

メタ認知の話をしながら、一番深い層には触れていない。ミルフィーユを一枚一枚剥がしていくと言いながら、一番下の層はそのままになっている。それが、私の感じた「ひっかかり」の正体だったのかもしれません。

「こうじゃなきゃいけない」を外したときの自由

じゃあ、その「一番深い層」って何なんだろうと考えました。

私自身も、ずっとその前提の中で生きてきました。

  • ちゃんと働かなければならない
  • 社会に適応しなければならない
  • 役に立たなければならない

そして・・・

そんなこともできない自分には価値がない

そういう「こうじゃなきゃいけない」が、気づかないうちにどれだけ自分の中に積み重なっていたか。

でも最近、少しずつ気づいてきています。その前提を外したとき、自分が本当に大切にしたいことが見えてくるということ。怖いけれど、同時にとても自由な感覚があります。

生徒や大人が抱える「根っこの気持ち」

塾の仕事をしながら、ずっと感じてきたことがあります。生徒さんや保護者さんが口にする言葉の奥には、もっと深いところにある気持ちが存在します。

「偏差値を上げたい」「志望校に受かりたい」という言葉は本当のことだと思います。でもその奥には、もっと根っこのところに、「自分でいていいんだ」「自分にも可能性があるんだ」という感覚を取り戻したいという気持ちがあるのではないか、と関わる中でずっと感じてきました。

そしてそれは、大人も同じだと思うのです。保護者さんも、先生も、上司も。みんなどこかで「こうじゃなきゃいけない」という思い込みの中で、自分を小さくしながら生きています。

私が作りたい「勉強を強制しない、安心できる場所」

だから最近、ぼんやりとしたビジョンが浮かんでいます。

「教えない塾」、というか、勉強を強制しない場所。
寺子屋みたいな、生徒さんと保護者さんの居場所です。本当にやりたくなった時に自分と向き合えて、やりたくなった時に初めて勉強に取り組める、そんな環境です。

そこで一番大切にしたいのは、「安心感」です。

  • 「今のままの自分でいいんだ」
  • 「こうじゃなきゃいけないって思わなくていいんだ」

そういう思い込みを一つずつ外していけて、心が少し軽くなれる場所。自然体のままでいられる場所。そしてそこに集まった人たちが、お互いを認め合えて

本当にやりたくなった時に自分と向き合えて、やりたくなった時に初めて勉強に取り組める、そんな環境。

そこで一番大切にしたいのは、安心感だ。

「今のままの自分でいいんだ」
「こうじゃなきゃいけないって思わなくていいんだ」

そういう思い込みを一つずつ外していけて、心が少し軽くなれる場所。自然体のままでいられる場所。

そしてそこに集まった人たちが、お互いを認め合えて、必要な相手と出会えて、仲間ができていく。そんな温かい場所。

おわりに:このビジョンは、今の自分が求めているもの

このビジョンは、今の自分が求めているものとそのまま重なっています。自分自身がまさに今、「こうじゃなきゃいけない」をほどきながら、ガードを下げて、気持ちを軽くしていこうとしているからです。

まだ全然、形になっていません。深く考えられてもいません。

でも、この気持ちは確かに本物だと思っています。
一人でもそういう(心が軽くなる)人を増やしたい。そのために自分にできることを、これからゆっくり探していきたいと思っています。

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