展示会で気づいた、比べてしまう自分
今日、娘の作品が展示会に選ばれて出展されたので、見に行ってきました。
会場で作品を眺めながら、気づいたことがあります。他の人の作品と比べたり、「どれくらいできているんだろう」と気にしたりしている自分がいたのです。
それが自分の価値になるわけでも、娘の価値になるわけでもない。頭では分かっているのに、そう感じてしまう自分がいる。そんな自分に気づきました。
思い出した、小学校の記憶
この気づきから、小学校の頃の嫌な記憶がよみがえってきました。
図工の「木と釘」の課題
木と釘で作品を作るという課題がありました。ところが、その木がとても硬くて、釘がなかなか打ち込めません。授業では完成せず、家に持ち帰って取り組みましたが、家の人に相談してもできませんでした。
仕方なくそのまま持っていくと、先生からは「努力だけは認めます」と言われて、それで終わりでした。
頑張ったのにできなかった。助けてももらえなかった。できなかったことも、頑張ったことも、きちんと認めてもらえなかった。納得のいかない気持ちだけが残りました。
家庭科の裁縫の課題
裁縫の課題もうまくできず、持ち帰って母に手伝ってもらいました。とても上手に仕上がったので、それを学校に持っていくと、「親にやってもらったんでしょう」と決めつけられて、怒られました。
ここでも、認めてもらえませんでした。
今も抱えていたもの
こうして思い出してみると、あの頃から「自分は否定される」「何か難癖をつけられる」という感覚が育っていたのだと気づきました。
そして、その感覚を今も抱えています。誰かに否定されるのではないか、認めてもらえないのではないか。そんな不安の背景には、この頃の経験があったのだと、改めて感じました。
「否定される」の先にあるもの
さらに考えてみると、「否定されるのではないか」という不安の先には、「否定されたら自分には価値がない」という思い込みがあるのかもしれない、と思いました。
でも、本当はそうではありません。否定されたからといって、自分の価値がなくなるわけではない。
そう思えたとき、この思い込みから自分を救ってあげたいな、という気持ちが湧いてきました。
当時の自分に
思い出しながら、当時の自分に「辛かったよね」と声をかけることができました。
比べてしまう自分に気づいたことが、こんなに大事な記憶につながっていくとは思いませんでした。今日はこの傷に、そっと触れることができた一日でした。


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